43才で結婚した女の孤軍奮闘日記

百貫デブで農家の跡取りと結婚してしまった43の女のその後をせきららにつづります。

不思議な家

ほとんどの人が自分の育った家や環境が飛び抜けて特殊ではない限り、標準というか、普通と思ってしまうのではないでしょうか。

私も多少の違いはあっても、ごく普通の家庭に育ったと思っています。

で、言うのですが、洗濯物は外に干しますよね。

でも結婚した当初、百貫デブの家には洗濯物干し場がなかったんです。

ま、あったはあったのですが、義母が干していた場所は薄暗い車庫の中。

何で?

土地代の高い都会でガレージが庭代わりというならまだしも、土地なんてタダ同然の田舎屋敷。

洗濯物を干す場所なんていくらでもあるんです。

にもかかわらず…

なので、仕方なく家の奥に干していたのですが、干していた場所が、毎日義父母が通る場所でもあったから、自分の下着を干す時には百貫デブのばかデカイシャツの影になるように干すという、めんどくさいことをしなければならなかったんです。

だから休みの日の晴れた日は、その室内干し用のプラスチックの干しものに外で干していたのですが、ちょっと風が吹いただけですぐに倒れてしまって、その度に義母に呼び出され、もうストレス溜まりまくりでした。

で、百貫デブに半ギレでそのことを伝えると、しばらくして庭の片隅に洗濯物干場が出来ていました。

ったく!今頃洗濯物干し場作ってんじゃねーよって言いながら、百貫デブの脂肪まみれのぶよぶよのケツを思いっきり蹴りあげたい気持ちでした。

それからもう1つ。

エアコンについてです。

皆さんはエアコンを自分のうちに取り付けるとしたら、どこにつけますか?

リビングや自分の部屋に寝室といったところでしょうか。

しかし!

百貫デブの家は違います。

まぁ、リビングにはついているのですが、あとは今ではごみ溜めになっていて本人がほとんど使わない百貫デブの部屋と物置部屋となってしまっている一階の洋間と、1日をとおしてほとんど使わない座敷と年に二三回ほど親戚が泊まる時に使う部屋。

つまりは、ほとんどか全く使わない部屋にエアコンがついているのです。

その数5台。

不思議でしょ?

もう、ばかじゃね?って言いたいですよ。

てめえのデブ体型じゃ夏はムリだろ!私たちの寝室くらいにはつけとけよ!って思ってたら、百貫デブはとなりの座敷の戸を開けて、そこからエアコンの冷気を入れるということをしてるんですよ。

こんな隠れゴミ屋敷でへんちくりんな家、ほんとマジ勘弁ですゎ…

私が悪いの?

現在、我が家の食事は義父母とは別々。

でも、それに至るまではちょっとしたモメ事があったんです。

結婚した当初は、すぐとなりの別棟に寝起きをしている義父母が食事の度に私と百貫デブのところへ食べに来てました。

私は年齢の後ろめたさから、まぁしょうがないかなって思ってたら、義父が食事の度に「今年まではこっちで一緒に食べるからな」と言ったんです。

つまり、私と百貫デブが 結婚したのは昨年の11月中旬だったので、義父は12月いっぱいまでは私たちと一緒に食事をするが、年明けからは別々にしようとです。

しかも一回や二回ではなく、こちらがもう分かってますからと言いたくなるほど何度も言いました。

私は内心ほっとしました。

百貫デブの母親の作る料理って炭水化物中心のものが多く、御飯も山盛りによそうんです。

専業農家で米農家でもあるから、米には不自由しないとはいえ…

ダイエット中、余分な炭水化物や白米の糖質がどれだけ肥満になりやすいかを知って、極力おさえていた私にとって、義母の料理は不健康そのものの食事にしか思えませんでした。

あんな食事をしていれば誰だって百貫デブになってしまうでしょう。

そりゃあ農業で朝から晩まで体力を使う仕事をしていれば炭水化物中心の食事でも問題無いのでしょうけど、百貫デブは違います。

一応、ホワイトカラー。

いっそのこと土木関係に転職すればいいのにと思うこともあります。

それから、義父。

この義父がとにかく家に入ったらなにもしない。

しかも湯飲みについだお茶をわざわざお湯で薄めなければ飲めないという、わけの分からない体質の持ち主。

で、カレーと椎茸が嫌いなんです。

百貫デブは見た目どおりカレーが好き。

椎茸って、けっこういろんな料理に使いますよね。

ダイエット食には欠かせない食材だから、結婚前に実家で作っていたいくつかのメニューには椎茸を使うものがありました。

だから、結婚後はそれをしようと思っていたのに…

でもまぁ、それも12月いっぱいまでのガマンガマン。

そう思い耐え続けての今年の正月。

嫁いで初めての正月なので、親戚も交え義父母も私たちのところで食事をしました。

ま、正月だからね。

そう思っていました。

が!!!!!

正月が終わり、一週間が過ぎて二週間が過ぎ…二月になろうかとする頃になっても、まだ義父母は私たちのもとへ食事をしに来ます。

私は今、福祉関係の仕事をしていて時間も休みも不規則なため、四六時中家の仕事をしている義父母との食事は、はっきり言ってしんどい。

帰りが遅くなった時に義母が食事の用意をしてくれる時もありましたが、揚げ物や炭水化物が多めなので、申し訳ないことだったけど、ありがた迷惑でしかありませんでした。

だから、帰りが遅くなっても自分が食べる分は自分で作るようにしました。

せっかく苦労して普通体型を手に入れたのに、またデブには戻りたくないですからね。

そしたら義母が「私の作った料理はすずめさんは食べないから…」と、とうとう作らなくなったんです。

だったらてめえら夫婦の分だけでも作れや!って思ってても直接言えるはずもありません。

そして、その頃はちょうど職場でも忙しい時期だったので、疲れとストレスで毎日気が休まる日がありませんでした。

土日祭日休みの百貫デブと違い、平日休みが多い私。

休みの日くらい、朝からのんびりしたいと思っていても義父母が昼食を食べに来るとなればそうはいきません。

だからムリに用事を作って外出したり、前もって昼食は食べないことを伝えたりしてました。

それでもイライラは募るばかり。

朝昼晩と、お客様さながらに食事をしに来る義父母。

もう、いい加減にして!!!

と、とうとう態度に出してしまった私。

食事中、イライライライラ…

さすがに義父がその事にカチンときたようで、たしか今年2月の初旬の朝のことでした。

私と百貫デブを前に威圧的に、来月の3月から食事を別々にすると言ったのです。

それから、私の態度が悪いからもう少し様子をみるみるために食事を一緒にしていたとも。

はあ?様子を見るため?

それを正月過ぎに言うならまだわかりますよ。

自分勝手にいつまでもズルズルこちらに甘え続けてたことは棚にあげて、正直、何で威圧的に言われなきゃいけなかったのか私には納得出来ませんでした。

義父のほうから去年何度も食事を別々にするって言ってて、百貫デブもそれを聞いてたんですよ。

それを百貫デブに言ったら「オヤジは自分の言ったことを勝手に変えることがあるからなぁ」とまるで他人事。

そんなこと私が知るわけもないのに、私が無理やり追い出したみたいになってしまったんです。

百貫デブや義父母とちゃんと話し合えばよかったのかもしれませんが、はっきり言って結婚して百貫デブの家に入ってからというもの、冷静な心理状況の日なんてありませんから。

でもまぁ、とりあえずは別々に食事をすることになったので結果オーライ。

義父とはそれ以来あまり関係がよくありません。

こちらが無理しても向こうは当たり前のように甘えるばかりのようなので、これから先を考えれば仲が悪い方が義父母たちも自立してやっていってくれるんじゃないかなって思っています。

福祉関係の仕事で、年寄りは大事にし過ぎるとどんどんダメになっていくということを身をもって実感する毎日を送っていますからね。

結婚理由を振り返る。

そもそも、なぜ最悪な条件ばかりの彼を撰んで(選ばれて)しまったのか。

以前のブログでも書きましたが、百貫デブの前にお付き合いしていた彼よりもマシだったり、大きな身体に安心感を感じたり…という理由だったと思いますが、もう1つ。

百貫デブの見た目というか健康について、このままじゃダメだって思ってしまったんです。

実は私、40歳になる二三年ほど前までBMIが25以上の、いわゆるデブだったんです。

けれど30代もそろそろ終わりをむかえようとしていたある日、結婚もしてないのに中年太りなんてシャレにもならんわあああ!ってなことで、本気ダイエットをしました。

それまでダイエットに興味が無かったわけでもなく、出来る範囲で頑張ったことはありましたが、どれも長続きせず、断念。

しかし!四十代を目前に控えていた私は年齢に負けない体型を手に入れるべく、久しぶりにマジになってダイエットに取り組みました。

結果、一年ほどで10キロ減。

現在でもリバウンド無し。

気をつけていたのは二点。

なるべく野菜中心の食事をよく噛んで食べる事と、適度な運動(有酸素運動)。

BMIは22になりました。

もっと痩せたい気持ちはあるのですが、あまり痩せ過ぎるとウイルスに対して抵抗力がなくなってしまうとかで…

って、半分言い訳なんですけどね。

それからダイエット中、健康に関する内容をネットや本でで読んだりテレビで観てたりもしてたので、ちょっとした健康オタクみたいになってました。

だから百貫デブに初めて会った時、肥満がどれだけ恐ろしい事かを十分に知っていた私。

「私ならなんとかしてあげられるかも…いや、なんとかしなきゃ」

ってな、変な使命感にとらわれてしまったんですね~。

でも、太り過ぎると空腹をガマンすることが出来ないらしい。

健康よりも空腹を満たすことが優先されるらしく、なかなか減量が出来ません。

百貫デブ曰く、「健康な人でも死ぬ時は死ぬ」と。

ま、否定はしません。

もしかしたら百貫デブの弟が影響しているのもあるのかもしれません。

百貫デブは現在五人兄妹ですが、五年前までは六人兄妹でした。

百貫デブの弟が30歳の若さで亡くなっていたのです。

詳しい理由は聞いていませんが、病気だったとか。

でもね、そんなこと私にとっちゃあ他人事。

てめえも親より早くくたばりてぇのかよ!

なぁんて、亡くなっていても義理の兄妹を引き合いに出せるはずがなく、なるべく量を減らしてみたり髙カロリーの物ばかりにならないようにと、地道に行ってはいるけど、いかんせん、本人がマジにならないためもあり、なかなか目に見えての効果が出ません。

原因はおそらくタバコと早食い。

タバコは糖の分解をするインスリンの量を少なくする働きがあるそうな。

だから早食いで糖の分解が間に合わず蓄積され、その結果、百貫デブが出来上がったものと思われます。

幸い、アルコールはほとんど飲まないので、見た目的にはかなりヤバくても今のところはギリギリ大丈夫なのでしょう。

最近の猛暑日続きで、後遺症が残らない程度の軽い脳梗塞でも起こしてくれれば少しは危機感を持ってくれるのかもしれませんが…

いくら頼んでも職場の健康診断の結果を見せたがりません。

これはもう既に、かなりヤバいことになっているのかもしれませんね。

脳梗塞とかでマヒが残って百貫デブの介護をしなきゃいけないことになったらと思うと…

百貫デブがトイレに行くたびに付き添わなきゃいけないことになったらと思うと…

下手な怪談話よりよっぽど怖いです。

もうすぐ一年。

結婚記念日ではありません。

あと1ヶ月くらいで結納から一年になります。

今思えば、あんなに金や時間のムダはなかったんじゃないかって思われてなりません。

うちのような昭和初期から時代の流れとは無関係に取り残されたような田舎でも、結納をする家は少なくなったようなのですが…

仲人をたてたりはしなかったのですが、結納はするとの相手側、つまり百貫デブの家からの申し出だったので、こちら側が断ることも出来ず、仕方なく受けることに。

で、百貫デブ側は特に形式にはこだわらず、結納式には私と百貫デブとそれぞれの両親だけで、ただ納める物(結納品)を納めて、そそくさと帰りたいというのが希望でした。

がっ!

その事に横から口を出したのが、私側の親戚の伯父。

この伯父、元教員だったこともあってか何かにつけて上から目線で口を出したがるんです。

結納式は家と家、つまりは親戚との繋がりのためのものだからとか何とか言って、当日はどうするのかと根掘り葉掘り聞きたがり、迎える側は親族一同そろって迎えなければならないとか、あれはどうするんだとか、それはしなきゃいけないとか勝手に仕切りたがりました。

はっきり言っていい迷惑です。

相手側はなるべく省略形でしたいという明確な意思を持っているにもかかわらずですよ。

だいたい、結納式に親戚まで同席するなんて聞いたことがありません。

その事を百貫デブに伝えたところ、案の定、嫌がりました。

けれど、伯父は言い出したら聞かない質なので、言われるがままに結納の日を迎えました。

私も最初はそれぞれの両親と自分たちだけと思っていたので、洋服でもいいかなって思ってましたが、親戚が押しかけて来るならばと、急遽成人式以来の着物を着ることに。

9月初旬は秋と呼ぶにはまだまだ暑い。

苦しいやら動きづらいやらあついやらで、もう大変でした。

そして、結納品はいろいろありますが、その中で一番のメインが婚約指輪。

なのに!!!!!

ショボ過ぎ…

ま、頂けるだけでもありがたいと思わなければバチが当たるのかもしれませんが…

まぁまぁの大手に勤めて四十代に片足を突っ込んでるにもかかわらず…

ぶっちゃけ、他の結納品なんていらないからもっと指輪に金かけろや!よくもそんだけムダにでけぇずうたいで、こんなちっちぇぇ石が買えたもんだなぁ!

って思いっきり突っ込み入れたかったです。

結納式にも指輪にも不満を残しつつも、どうにか式を終えることができましたが、いまだに気がかりなのは、もらったままの結納品の数々。

ネットで調べたところ、羽子板飾りにする方法があって、結納前にはそうするつもりでした。

でも結納から結婚式までが思った以上にバタバタで、ってか、結婚式までは飾ったままにしておかなければならないとのことで片付けられず。

ならば結婚式後にはと思っていたのですが、結婚式後に隠れゴミ屋敷の実態を目の当たりにしたせいで結納品の片付けなど一気に頭からぶっ飛んでしまったのと、最近の猛暑日続きのため、もう少し涼しくなってからでいいかって後回しにしたまま。

あーあ、結婚ってホントめんどくさいことばかりですよ。

義理でも姉ですよ?

もうすぐお盆ですね。

里帰りは嫁にとって、する方も迎える方も憂鬱な気分になりますよね。

いっそのこと里帰りなんて風習、なくなってしまえばいいのになんて思います。

うちの旦那こと百貫デブは跡取りではあっても長男じゃないんです。

あれ?前にも言ったっけ?言ったような言ってないような…

ま、いいや…

三男です。

何で跡取りになったかと言うと、最初はやはり長男が継ぐことになってたらしいのですが、長男家族が内緒で遠方に自分たちの家を建ててしまったらしいのです。

どうやら長男の嫁が継ぐことを嫌がったらしい。

無理もありません。

こんなゴミ屋敷寸前の農家を誰が継ぎたいと思うでしょうか。

しかも、ワンマンで農業以外のことはなにも出来ないというか、周りの人間がやって当然と思い込んでる義父。

おとなし過ぎて何を考えてるのか分からない、腰が恐ろしく曲がった義母。

跡継ぎだからと盛大な結婚式を挙げたらしいですが、そんなの長男家族の押し付けかエゴにしか思えません。

そして…

態度も見た目もふてぶてしい義理の妹。

この義理の妹(以下、ジャイ子)がかなりのクセ者なんです。

現在、結婚して県外に旦那と子供二人と住んでいます。

去年の恒例の餅つきの日に家族四人で帰省したジャイ子

こちらもまだ結婚したばかりで、めんどくさい相手やクソガキどもめと思いながらも一応笑顔で接しておりました。

が!!!!!!!

夜、全員が入浴済みと聞いて、やっと風呂に入れるとばかりに脱衣所へ。

そこで私は信じられないものを目にしたのです。

脱衣所には洗濯機が置いてあり、私が結婚する前から置いてあったわけですが、その中に入れておいた私と百貫デブの洗濯物と一緒にジャイ子一家の洗濯物が一緒に洗われていたのです。

「マジか…」

思わず目まいがしました。

そりゃ結婚はしましたよ。

だけどまだ子供もいないし、ジャイ子一家とも顔を合わせるのは結婚式を合わせてもわずか3回目。

私にとっちゃあ、まだまだ他人も同然。

そんな人たちと一緒に自分の洗濯物が……

ありえねええええええええええ!!!!!!

そりゃ、自分たちの洗濯物入れっぱにしといたのは悪かったかもしれんよ。

だけど普通、今は私たち兄夫婦が使ってるんだから一応中確かめるでしょ?

私は気持ち悪いやらムカつくやらで、急いで洗濯物を引っ張り出して、雨の日に備えて洗濯物干し用に使っている部屋に干しました。

すると、それに気付いたジャイ子

一応口先から謝罪の言葉らしきものが出てたけど、悪いことをしたという気持ちがジャイ子には少しもなかったのでしょう。

全く気持ちが伝わらない。

この時からジャイ子とはムリと思いました。

その他にも、私の予定なんて知ったこっちゃないとばかりに、私に報告が来るのは何をするにも全てが決まってから。

そんでもって百貫デブがこのジャイ子のことが大好き。

ジャイ子の家の近所にデブサイズの下着が買える店があるからと、下着を買わせるほど。

キモすぎるううううう!

マジ勘弁だわ…

義理姉を義理姉とも思わないジャイ子みたいな義理妹。

きっと長男の嫁とも何かあったに違いありません。

その証拠にジャイ子も長男の嫁を嫌っているとか。

ただ家を継ぐ継がないだけではないと思います。

今では百貫デブが継いでるわけだし、長男は時々帰って来て家業の農業を手伝ったりして親兄妹とは仲が良いようだし。

それから実は長男の嫁、私と百貫デブの結婚式(挙式)には出席してないんです。

地元からかなり離れた場所に住んでるため、使用する交通機関の時間が合わないとか何とか、言い訳にもならない言い訳で、披露宴のみの出席。

しかも長男は親族代表で、挙式の最中に親族紹介をしなければならなかったのにですよ。

やっぱり、よほどのことがあったのかもしれません。

百貫デブに聞いたところで、大好きなジャイ子を悪く言うはずがなく徒労に終わること間違いなし。

このジャイ子

これからも様々なブログネタを提供してくれることでしょう。

仮面夫婦の始まり?

結婚式を終えたその日の夜と言えば…

ま、彼とは初めてではありませんでしたが、その日の夜は「初夜」になるものと誰もが思うでしょう。

しかし、彼の家の近所で不幸があり、受付役でどうしても出席しなければならなくなったとのこと。

朝早くから結婚式の準備に追われ、披露宴後の友人知人や職場関係者の人たちのための二次会三次会に顔を出したりして、いい加減疲れきっていた私は正直、もうどうでもいいやってな感じでした。

で、彼の家に入ったのが式から二日後。

結婚しなければ分からないことって、けっこうあるんですよね~。

まずは、その家の奥や裏側。

ま、私の実家もお世辞にもキレイとは言い難い田舎の家。

けれど、彼の家はそれを上回るものがありました(「彼」以下→百貫デブ)。

百貫デブの家は数年前に増改築をしていて古い部分と新しい部分がくっついている状態の家。

で、そのせいか台所が古いのと新しいのと二つあるんです。

百貫デブの母親、私からは義母になりますが、義母は農家の専業主婦で70代にして既に恐ろしく腰が曲がった状態。

そのためなのか床に物を置きたがるのと、物が捨てられない性分なのか、とにかく古い台所が汚ない汚ない…

新しいところは新しいところで、引き出しには錆び付いたスプーンやフォークがコンビニやスーパーでもらうようなプラスチックのスプーンなんかとごちゃ混ぜに入っていたり、鍋やタッパー、皿類が放り込まれたように入っていたり、奥の方でいつのものかわからないような味噌のような物体から汁がもれての茶色いこびりつきがあったり…

とにかく古いほうでも新しいほうでもまともに料理が出来るような状態ではありませんでした。

しかも台所には冷暖房がなかったため、寒い!

ま、農家だから農業のほうが忙しかったのかもしれないけど、百貫デブには二人も既婚の姉妹がいます。

だったら、台所ぐらいキレイにさせればよかったのにと思わずにはいられませんでした。

だから12月の寒い時期に震えながら台所の片付けをしましたよ。

誰も手伝おうなんてしないし、言いもしなかったですね。

そしてその汚さを大きく上回るほど汚ないのが百貫デブの部屋。

二階にある六畳ほどの部屋は既に部屋ではなくゴミ溜め。

必要なものと思われる物と、いつのものかわからないようなゴミがごちゃ混ぜになって散らばり放題。

冬場はあまり分からなかったんですが、ここ最近の猛暑日にてゴミが異様な臭いを放ち始め、臭い臭い!

タバコを吸うものだから、その吸い殻からの臭いもあると思うんですね。

部屋にはパソコンがあって、たまに寝る前とかにゲームをするくらいにしか使ってないみたいで、普段の着替えは寝室に置いてるので自分の部屋に入らなくても事足りるから、あまり明け閉めは必要ない。

だからもう毒ガスが充満していると言っても過言ではありません。

以前、何度か片付けるように言ったのですが、全く言うことを聞きません。

付き合ってる時はいつも外で会っていたので、部屋を見る機会がなかったんです。

でもさすがに入籍してから、式の前に家具を揃えたいから部屋を見せて欲しいと言っても、何のかんのと理由を付けては首を縦に振ろうとはしなかったので、ちょっとおかしいなとは思ったんですけどね。

まさかこんな事実が隠されていたとは…

幸いにも義父母はすぐ隣の別棟にて寝起きしているのですが、そこもはっきり言って汚ない。

おそらく血筋なのでしょう。

それでもある程度キレイにしてくれていれば、それなりに相手に伝わるものだと思います。

百貫デブとその両親、そして兄妹たちが私が嫁に来ることを本当のところどう思っていたのか。

想像に難くないと思います。

結婚までの軌跡(その3)

どうにかこうにか4回目の更新。

ども、すずめです。

田舎の夏も暑い!

ってか、百貫デブの旦那との夫婦生活は冬季限定にしてほしいわぁ~

見てるだけで暑っ苦しい…(-_-;)

で、その旦那と初めて会ったのは一昨年の12月半ば。

今思えば会う時期が悪かったのねぇ。

夏ならソッコーお断りしただろうに、年末の寒さについ温かみを求めてしまったのでしょう。

それに、少し前にはとんでもないヤツと危うく結婚してしまうところだったので、精神的にもかなり不安定になっていて、彼のガッチリした(デブともいう)体型に、何だか頼りがいがありそうなんて思ったり。

気の迷い以外のなにものでもありません。

その後、彼とは数ヶ月間付き合ったわけですが、彼と初めて会ったのがクリスマス前にもかかわらず、彼の家ので親族が集まって毎年恒例の正月用の餅つきがあるため、特別なイベントは無し。

お正月もお互い忙しかったため、特に無し。

私がまだ20代ならもうこの時点で自然消滅に持ち込むところですが、いかんせん40過ぎ。

ついつい負い目を感じてガマンガマン。

で、2月のバレンタインには少し頑張ってチョコレートマフィンを手作りしました。

美味しく食べてもらったようですが、ホワイトデーには普通のホワイトデー用のお菓子…

ま、女性経験がほとんど無さそうな相手に過剰な期待をするほうがバカなことなのでしょうけどね。

そして時は流れて6月くらいだったか、年齢的に焦りもあったり、付き合ってることを知ってる友人知人からせっつかれたりして、彼の具体的な気持ちを聞いたところ…

結婚することに。

で、お互いの両親にそれぞれ挨拶に行きました。

そしてここからはトントン拍子というか坂道を転がるが如くというか、ホントにバタバタでした。

田舎の結婚は自分たちだけのものとはいきません。

ましてや跡取り。

両親兄妹親族一同に職場関係の他にも地域の人たちまで巻き込まなくてはなりません。

結納から結婚式までは本当に目まぐるしかったです。

同じ年の9月初旬に結納で、11月中旬の挙式。

結納や結婚式のことを詳しく書くと長くなりそうなので、いずれまた。

で、田舎特有のハデなというか、大規模宴会のような結婚式を終えたその日の夜。

私たち二人はそれぞれの家へと帰ることになったのです。

理由は次回にて。

ではまた。